ドラゴンズニュース

山本昌広投手が引退

2015/9/30

83年にドラフト5位指名を受け入団、ドラゴンズ一筋32年、投手のタイトルをはじめ数々の最年長記録を更新した山本昌広投手が今シーズンをもって引退することとなりました。

入団してから2年間は1軍登板がなく、3年目の86年10月16日のヤクルト戦(神宮)でプロ初登板(中継ぎ)、初勝利はさらに2年後の88年8月30日の広島戦(ナゴヤ球場)、この年に5勝を挙げると翌年からは勝ち星を積み重ねていき、90年代は同じく左腕の今中慎二投手と先発二枚看板としてドラゴンズを支えていきました。

93年に17勝、94年に19勝を挙げ2年連続で最多勝に輝き、97年も18勝を挙げ3回目の最多勝のタイトルを獲得します。その他にも最多奪三振(97年)、最優秀投手(94、97年)、ベストナイン(94、97年)、沢村賞(94年)と多くのタイトルを獲得しました。

2000年代に入っても衰える事なく、06年9月16日対阪神戦(ナゴヤドーム)でプロ野球最年長記録でのノーヒットノーランを達成、08年8月4日対巨人戦(ナゴヤドーム)で史上24人目の200勝を達成、ここでも最年長記録を達成し、以降も数々の最年長記録を更新していくことになります。

しかし15年8月9日のヤクルト戦、世界最年長勝利を目指して先発登板しましたが、2回表の投球中に左手人差し指を負傷し降板となってしまいました。

山本昌広投手

山本昌投手のコメント

「本日はお集まりいただきありがとうございます、私、32年間の現役生活を終えて引退することになりました、これまで本当にたくさんご支援していただき、ありがとうございました。

まだ実感はないのですが、大きな決断はしたなと思っていますのである程度はスッキリしています。18歳の時に大きな夢を抱いて中日ドラゴンズに入団しましたが、全然力足りず、苦悩の日々を過ごしていましたが、1988年にドジャーズに留学して、アイク生原さんに指導していただいて、まさかここまで花が咲くとは思いませんでしたが、あそこが本当に原点だったかなと今思います。その後も監督、コーチ、先輩、後輩いろんな人に恵まれてこの歳までできました。これ以上自分で筋書きを作れと言われても、難しいくらいの野球人生を現役生活を送れましたので、幸せな野球選手だなと思っています。

葛藤はすごくありましたが、僕がドラゴンズに入団して3年連続Bクラスは初めてで、チームは大きく変えないと、大きく変わらないと駄目だなという自分の中の思いもありましたし、邪魔になっちゃいけないなと思いましたので、やり残したというか、もう一つしがみついてでも勝ちたかったのですが、今年1年チャンスをもらってこの結果だったので、しっかり自分でけじめをつけて、チームが立ち直って、また優勝争いをするのが普通のチームになっていってほしいなという思いで決断をしました。

やりきったという気持ちと、もうちょっとだったなという気持ちが交錯していますが・・・、悔いはすごくあります、でも後悔はしていません。

やりたかったこと、もっとできたと思うことは沢山ありますが、その時その時で僕はきっと一生懸命やったんだと、今思っていますので後悔はしていません。もっとやれた、こういうふうにしておけばよかったという悔いは沢山あります。

指名していただいたのが中日ドラゴンズで本当に良かったなと、おそらく他のチームで野球をしていたら、きっとここまではできなかったと思います。名古屋というか東海地区というか、温かい気質のファンの皆さんにも囲まれて、温かい声援を頂いてこの歳までできたと、本当に感謝しかないです」

4安打1失点の完投で200勝を決める(08年8月4日対巨人)

4安打1失点の完投で200勝を決める
(08年8月4日対巨人)

200勝を達成し記念ボードを手に笑顔を見せる(08年8月4日対巨人)

200勝を達成し記念ボードを手に笑顔を見せる
(08年8月4日対巨人)

200勝を決めナインから胴上げで祝福される(08年8月4日対巨人)

200勝を決めナインから胴上げで祝福される
(08年8月4日対巨人)

最年長完封勝利で小田選手とハイタッチを交わす(10年9月4日対巨人)

最年長完封勝利で小田選手とハイタッチを交わす
(10年9月4日対巨人)

杉下茂氏の記録を抜き球団最多勝の212勝を達成(12年4月30日対DeNA)

杉下茂氏の記録を抜き球団最多勝の212勝を達成
(12年4月30日対DeNA)

先発登板しプロ野球最年長出場記録も達成(14年9月5日対阪神)

先発登板しプロ野球最年長出場記録も達成
(14年9月5日対阪神)

最年長勝利を挙げ花束を手にファンの声援に応える(14年9月5日対阪神)

最年長勝利を挙げ花束を手にファンの声援に応える
(14年9月5日対阪神)

最年長登板の記録を更新するも、2回表に左手を負傷し降板に(15年8月9日対ヤクルト)

最年長登板の記録を更新するも、2回表に左手を負傷し降板に(15年8月9日対ヤクルト)