福留孝介選手引退特設ページ

福留孝介選手はドラフト1位(逆指名)で中日ドラゴンズへ入団。
1999年4月2日、広島との開幕戦に2番ショートでスタメン出場、ルーキーイヤーで132試合に出場し、打率.284、131安打16本塁打52打点の成績を残し、1年目ながらリーグ優勝にも大きく貢献しました。

2002年から外野手へ転向、3番打者としても定着し186安打を放ち、シーズン最多安打の球団記録を更新、打率.343で初の首位打者のタイトルを獲得、また外野手のベストナイン、ゴールデン・グラブ賞にも選出されました。

03年6月8日の広島戦(ナゴヤドーム)でサイクル安打を達成、9月9日の広島戦(尾道)から9月13日の阪神戦(ナゴヤドーム)まで5試合連続本塁打、9月9日広島戦(尾道)から9月19日の横浜戦(横浜)まで10試合連続打点を記録するなど、このシーズンは96打点、34本塁打を記録し自己最多を更新。打率も2年連続で3割に到達。
2008年にメジャー(カブス)へ移籍しますが、ドラゴンズに在籍した07年までに首位打者2回(02、06)、最高出塁率3回(03、05~06)のタイトルを獲得、セ・リーグ最優秀選手1回(06)、ベストナイン3回(02~03、06)、ゴールデン・グラブ賞4回(02~03、05~06)選出されクリーンアップの一角、ドラゴンズを代表する選手として活躍。

メジャーからNPBに復帰し13年から阪神タイガースでプレー、15年に4回目のベストナイン、5回目のゴールデン・グラブ賞を獲得すると、16年6月25日の広島戦(マツダ)で日米通算2000安打を達成。

21年からドラゴンズへ復帰しスタメン、代打の切り札としても活躍、4月3日の阪神戦(京セラ)で復帰後初安打、7月10日のDeNA戦で復帰後本拠地初本塁打を放ちます。
10月10日のDeNA戦(横浜スタジアム)では史上最年長でNPB通算2000試合出場も達成。
22年は3月25日、巨人との開幕戦(東京ドーム)に3番レフトでスタメン出場、これが開幕戦の史上最年長スタメンとなりました。

プロ初安打が99年4月4日の広島戦で放った右越え二塁打、プロ最後の安打も22年5月26日の西武戦で放った右翼線への二塁打でともにタイムリーとなり、通算二塁打は409本、中日では立浪監督の487本に次ぐ成績です。
通算打率は.286、1952安打、285本塁打、1078打点、24年(NPB19年)の現役生活に終止符を打ちました。

※成績はNPB通算のみ

試合前の練習中に投手陣らと記念写真

9月23日にバンテリンドーム ナゴヤで行われた中日ー巨人23回戦が福留孝介選手のラストゲームとなりました。
試合前の練習中に投手陣らと記念写真を撮影、シートノック中にも鵜飼選手、岡林選手ら若い選手と笑顔で話し、落ち着いた雰囲気で試合開始を迎えます。

3-9で迎えた9回表、9番ライトと福留選手の名前がコールされ、守備位置へ向かうとドーム内は大歓声に包まれます。
そして9回裏1死、最後の打席に立つ福留選手、ジャイアンツの鍬原投手と対戦し1ボールからの2球目を放った打球は二飛に。
最後の打席を終え、ファンの声援に応えながらベンチへ戻ると立浪監督と抱き合います、また試合後には原監督からも花束を贈られ、抱擁を交わすとスタンドからは大きな拍手が沸き起こりました。

CEREMONYセレモニー

引退セレモニーあいさつ

まず初めに、今日このような引退セレモニーを開いていただきました中日ドラゴンズ球団、立浪監督をはじめコーチ、選手、裏方の皆さん、そして最後まで球場に残っていただきましたファンの皆さま、本当にありがとうございます。

小学生の時に串間キャンプで中日ドラゴンズを見て、中日ドラゴンズのチームに魅かれ、そしてその中にいた立浪監督に憧れ、プロ野球選手を目指してきました。

1998年、星野監督の計らいでファン感謝デーに呼んでいただき、バックスクリーンの扉から一人で出てきた時、その恥ずかしさ、今でも鮮明に覚えています。
その日から僕のプロ野球人生がスタートしました。

24年間、素晴らしいチームメイト、素晴らしい指導者の下プレーさせていただき、その中に佐々木恭介コーチと出会い、打撃を一から作り直そう、そう言って毎日バットを振り続け、朝起きる時には自分の手がバット形をして固まったまま・・・。
そんな日々を繰り返しながら、松井秀喜さんに勝って初めて首位打者を獲得した時、この世界でやっていける自信をもてたのを思い出します。
その後リーグ優勝、日本一、本当にたくさん楽しい思い出をつくらせていただきました。

しかし日本一になった時、自分自身故障でその場にいられなかった、その悔しさ、その気持ちもここまでプレーを続けてきた原動力だったと思います。
その後、海外、阪神タイガースでプレーをさせていただきました。

阪神タイガースでは8年間、日本一のグラウンドで熱狂的なファンの皆さまの声援のなかでプレーさせていただき、そして最後の甲子園球場の時には、ライトスタンドから大きな福留コールをいただき、僕の一生の宝物です。本当にありがとうございました。

2年前、このドラゴンズに帰ってもう一度このユニホームを着てプレーできたこと、そして自分の野球人生がスタートしたこの場所で、ファンの皆さまの声援に包まれてユニホームを脱げる、僕は本当に幸せ者です。

最後に24年間戦い続けることのできるこの体を生んで育ててくれた両親、本当にありがとう。
そして一番近くで、応援し支えてくれた家族のみんな、本当にありがとう。

僕は今日でユニホームを脱ぎますが、ドラゴンズにはまだまだ期待の選手がたくさんいます。
ドラゴンズファンの皆さん、これからもドラゴンズのご声援よろしくお願いします。

24年間、温かいご声援本当に本当にありがとうございました。

INTERVIEWインタビュー

福留孝介選手が引退を発表

福留孝介選手が本日(9月8日)今季限りで現役を引退することを発表、バンテリンドーム ナゴヤで会見が行われました。

福留選手はドラフト1位(逆指名)で中日ドラゴンズへ入団。
1999年4月2日、広島との開幕戦に2番ショートでスタメン出場、1年目から132試合に出場し打率.284、131安打16本塁打52打点の成績を残しリーグ優勝に貢献しました。

2002年から外野手へ転向し3番打者として定着、186安打を放ち、シーズン最多安打の球団記録を更新、打率.343で初の首位打者のタイトルを獲得、外野手のベストナイン、ゴールデングラブ賞にも選出されました。

2008年からメジャーへ移籍し13年にNPBへ復帰、阪神タイガースに入団し16年6月25日の広島戦(マツダ)で日米通算2000安打を達成。

2021年から14年ぶりにドラゴンズへ復帰しスタメン、代打の切り札としても活躍、10月10日の横浜DeNA戦(横浜スタジアム)で史上最年長でNPB通算2000試合出場を達成。

今季の巨人開幕戦(東京ドーム)では3番レフトでスタメン出場、開幕戦の史上最年長スタメン出場に、NPBでの通算打率は.286、1952安打、285本塁打、1078打点、24年(NPB19年)の現役生活に終止符を打つことになりました。

福留選手のコメント

本日はお集まりいただきありがとうございます。
私、福留孝介は今シーズン限りをもちまして現役を引退することを決めました。
それをこの場で皆さまにご報告させていただきます。24年間本当にありがとうございました。

引退する思いは

寂しさもある、必ず誰しもが通る道。いずれ自分にもこの時が来るのはわかっていること。
いよいよ来たなということ。

引退を意識し、決めた時期は

毎年この歳になって野球をやっている以上、常にその気持ちを持って野球をやっている。
今年最初から使ってもらって結果も出なかったし、自分の気持ちの中では早い段階だった。

体の面なのか、気持ちの面なのか、技術の面か、そのきっかけになったのは

技術はまだまだ足りないものがいっぱいあるが、気持ちの面が一番大きいです。

色々な方に相談、報告されましたか

皆さん、お疲れさんといっぱい言ってもらった。
24年間よくやったんじゃないのと言葉をかけてもらった。

家族の反応は

号泣とまではいかなったですが、泣きはしなかったけど、うちの家族らしく笑顔でお疲れさまと言ってくれた。
一番迷惑をかけたのでほっとしました。

これからは時間ができるから色々なことをしたい。普通の父親に戻れるのかな。

最初に報告した人は

歴代監督をはじめ思いつく方には真っ先に連絡しました。
日米通じて現役24年間を振り返ってこれだけ好きな野球をやらせていただいて自分の好きなように生きてきて楽しかった。

ドラゴンズに入団してから2007年までのシーズンを振り返って

優勝や色々なことを経験させてもらって、僕が24年間できたのもここからが始まり。
楽しかったという思いが強い。

首位打者のタイトルなどを掴んだが、転機になったシーズンは

2002年に内野手から外野手に転向したのが転機だった。
首位打者争い、三冠を狙う巨人松井秀喜さんとの争いだったが緊張しながらやっていたし、なかなかできないし若かった。

忘れてはならないのが2006年の優勝決めたジャイアンツ戦での決勝打

なかなかそういう場面で回ってくるということも自分の人生の中で少ないでしょうし、そういう意味ではあそこで決められたというのはうれしかった。
チームが勝ったこと、自分が打ったことよりも、チームが勝ったというのがやっぱりうれしい、その思いの方が強いです。

WBCでのホームランも

シーズン前に色々苦労していて、あまり調子が上がらない中で、本当にまわりの方々にたくさん迷惑をかけて、それでもあそこで代打で使ってもらい、運じゃないですけど、そういうものには本当に恵まれたのかなと思います。

2007年のシーズンを最後にアメリカへ

自分自身1回しかない野球人生なので、おもいきってチャレンジをさせてもらいました。
本当に球団の方にも温かく見送っていただいて、向こうに行って自分のやりたいことをやるというチャンスをいただいたので本当に感謝しています。

アメリカで5年間過ごされた経験といえば

いいことも悪いこともあって、また違った野球を自分で体感できたというのが良かったと思います。
日本では一軍、二軍の差、向こうはメジャー、マイナーの差、そういうことを言葉では聞くけど、わからない部分というのは大きいですし。
メジャーとマイナーの格差、そういう部分では日本の一軍、二軍のシステムというのはすごく恵まれてるなとか、そういうことも改めて感じますし、いろんな選手、いろんな教え方、そういうことが本当にたくさんあったので、また一つ自分の勉強だったなと思います。

その後日本に戻ってきてタイガースへ

自分でもう1回日本でやりたいという中で、タイガースを選んでやらせていただいて、日本の中でドラゴンズ以外の野球というのを知らなかったので、違うチームの野球だとか、まわりの環境だとか、そういうものを見る機会をいただいたというのは阪神タイガースの方々にもすごく感謝しています。
ただ何度も言いますが、これも僕自身がこうやってきた野球の中でのいい勉強だったなと、いい勉強を本当にたくさんさせていただいた。

最後は古巣のドラゴンズへ

やっぱりまだ自分が諦めきれなくて、野球をやりたいという中でドラゴンズが手を差し伸べてくれた。
去年、今年とで2年間ですけど、ドラゴンズのユニホームを着て野球をやらせていただいて、最後このユニホームで自分の野球人生を終わるということができたので、本当に感謝の一言です。

今季ヒットがでない中、打てたあの一本の思いは

PLの先輩であります立浪監督、開幕スタメンでも使っていただきましたし、代打でもここ一番という所、そういう中でずっと使い続けていただいたので、その中で結果を出せなかった自分にも腹が立っていましたし、本当に申し訳ないという思いで打席に立っている中で、やっと出た1本だったので自分の中で少しほっとした部分はありました。

福留選手にとって、立浪選手、監督の存在というのは

最初から最後まで憧れの存在であったことは間違いないですし、最後はちょっと力になれなかったというのも僕自身の悔しさでもあります。
立浪監督からは逆に力になれなくて申し訳なかったって言われましたが、本当に力になれなかったのは僕なので、言葉をかけていただいたというのは、本当にありがたかったです。

自分がここにこだわった、ここは誇れると思う数字は

プロに入る時に2000本という数字は何とかして達成したいと思いながらやっていました。
日米合算ではありますが、達成できたというのは、そこに関しては良かったのかなと思います。

好きで野球やってきて、本当にいろんな方にいろんなアドバイスをいただいて、それを1つ1つ自分で理解して噛み砕きながら、ちょっとずつでもいいので続けてこられたというのは・・・そのどれというわけではなく、全てのこと1つ1つを続けてこられたのは良かったのではないかと思います。

若手に対して思うこと

もっともっと、もっとと思っています。僕がこうやって今年ユニホームを脱ぐ、必ずしも誰もが通る道なので、それが早い遅い、色々ありますけど、脱いでから後悔するより、あの時もっとやっておけばよかったと思うことのないようにやってくれたらいいなと思います。

勝っていくことを経験することによって選手が成長していくということは間違いなくあると思いますし、そういう経験をどんどんできるために、今の自分に満足せずにやっていってほしいなと思っています。

若手皆楽しみです、皆本当に頑張ってほしいと思ってます。

24年間でやり残したこと

簡単に思いつかない、でももう脱ぐと決めたので、あまりやり残したと思うことはないかもしれないですね。
しっかりと自分の中で決めたことなので、もうスッキリしています。

最後はファンにどんな姿を見せたい

今少し故障してて、なんとかその故障を直して、最後に元気な姿を皆さんの前で見せられたらいいなと思ってます。

今後、野球界に対しどんな貢献を

そういうことに関してはこれだけお世話になったので、自分のできること、自分の何かを必要としていただけるのであれば、微力ながら何かやっていけたらなと思ってます。

タイガースファン、ドラゴンズファンへ一言

本当に温かく8年間、いい時も悪い時も本当にありましたけど、その中でも本当に温かく応援していただいて、最後ファンの方々に挨拶をするというか、お礼を言う機会がなかったんですが、感謝して、本当にありがとうございました。というその一言です。

ドラゴンズは本当にもう熱い地域ですし、やっぱりドラゴンズを好きな方々が本当にたくさんいて、そういう中でこうやって僕自身も野球選手として大きくさせていただきましたし。
それを温かく本当に見守っていただいたので、名古屋のファンの方々にも本当に感謝の一言で本当にありがとうございました。

大島選手らがサプライズで花束を贈呈

花束を贈られ笑顔の福留選手

PROFILEプロフィール

年度別打撃成績

SCROLL




























1999 中日 132 461 76 131 25 2 16 208 52 4 7 8 2 55 121 3 85 .284
2000 中日 97 316 50 80 18 2 13 141 42 8 5 2 2 48 79 5 58 .253
2001 中日 120 375 51 94 22 2 15 165 56 8 4 4 3 60 90 4 79 .251
2002 中日 140 542 85 186 42 3 19 291 65 4 2 0 5 61 96 4 136 .343
2003 中日 140 528 107 165 30 11 34 319 96 10 5 1 6 82 118 5 108 .313
2004 中日 92 350 61 97 19 7 23 199 81 8 3 1 2 51 93 3 85 .277
2005 中日 142 515 102 169 39 6 28 304 103 13 5 0 3 94 128 8 135 .328
2006 中日 130 496 117 174 47 5 31 324 104 11 2 0 3 79 94 4 113 .351
2007 中日 81 269 64 79 22 0 13 140 48 5 2 0 4 75 66 5 80 .294
2013 阪神 63 212 18 42 11 0 6 71 31 0 1 0 0 29 43 1 38 .198
2014 阪神 104 312 20 79 8 0 9 114 34 1 1 3 4 48 48 11 86 .253
2015 阪神 140 495 53 139 24 3 20 229 76 1 2 1 7 66 75 15 113 .281
2016 阪神 131 453 52 141 25 3 11 205 59 0 1 0 6 64 78 6 121 .311
2017 阪神 127 441 68 116 20 3 18 196 79 1 2 1 4 80 92 17 98 .263
2018 阪神 123 414 57 116 26 2 14 188 72 2 1 0 7 78 90 10 97 .280
2019 阪神 104 348 39 89 16 1 10 137 47 0 0 2 3 50 85 5 63 .256
2020 阪神 43 78 3 12 2 0 1 17 12 0 0 0 3 11 31 4 12 .154
2021 中日 91 193 17 42 12 0 4 66 18 0 0 0 0 23 56 5 20 .218
2022 中日 23 24 0 1 1 0 0 2 3 0 0 0 2 4 11 0 .043
通算 NPB19年 2023 6822 1040 1952 409 50 285 3316 1078 76 43 23 66 1058 1494 115 .286

HISTORY軌跡

1998

11.28入団発表

入団発表の席で星野監督と握手をする

11.29ファン感謝デー登場

中日の真新しいユニホームを着て登場

1999

4.4初安打

広島戦でプロ初安打を放つ

4.16初本塁打

巨人戦で右中間にプロ初本塁打を放つ

11.2優勝パレード

同期入団の岩瀬投手と一緒に沿道の観客に手を振りながらパレードする

2002

11.8首位打者

プロ野球コンベンションで首位打者のトロフィーを受け取る

12.10ゴールデン・グラブ賞

ゴールデン・グラブ賞を初受賞し、トロフィーを手にほほえむ

2003

6.8サイクル安打

7回裏2死、中前安打を放ち、サイクル安打を達成

2004

8.22アテネ五輪

岩瀬投手とともに日本代表として出場し、銅メダルを獲得

10.1リーグ優勝

リーグ優勝を果たし、ファンの声援に手を上げ応える

2006

3.21第1回WBC優勝

第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で優勝し、谷繁選手と一緒にトロフィーを手にする

10.11リーグ優勝

リーグ優勝祝勝会でビールをかけられる

11.14MVP獲得

最優秀選手賞を受賞

11.30ゴールデン・グラブ賞

ゴールデン・グラブ賞を受賞し、トロフィーを受け取る

2008

3.31MLBデビュー

「カブス-ブルワーズ」戦の開幕戦の9回裏、右中間へ同点となる3点本塁打を放つ

2013

阪神時代

阪神タイガースに移籍後も中心選手として活躍

2020

12.18復帰入団会見

14年ぶりにドラゴンズへ復帰

2021

7.10復帰後本拠地初本塁打

ライトスタンドへドラゴンズ復帰後本拠地初ホームランを放つ

10.10NPB通算2000試合出場

9回表に代打で出場し通算2000試合出場を達成

2022

3.25最年長開幕スタメン

5.26409本目の二塁打

GOODSグッズ

  • 9月23日(金)~25日(日)の公式戦開催日において、実店舗での販売は行いません。予めご了承ください